さよなら運転。

鉄研大集合。

今日はLaVoceではアニュパという卒業生追い出しパーティ的なものが開かれていて原則的には全員参加となっていたんですが、自分の場合はそれよりも優先度の高い用事が入っていたために地震より以前から今日は関西に帰ってくる予定だったんですが、その用事というのが送別会。


それでいったい誰を送るのかというと、実は中高6年間鉄研や地理の授業でいろいろとお世話になったマメオ師(仮称)がこの3月限りで引退ということで、それなら今まで特に縁の深かった我々鉄研のみんながその引退を記念して盛大に送別会を開こうという話が持ち上がったわけでして、自分たち61回生はもちろんのこと上は42回生から下は68回生まで、総勢40人を軽く超える鉄研部員とOBが集結。しかもその送別会の内容が北条鉄道を貸し切るといったもんだからまたすごい。


まずは家から阪急で三宮まで。嵐山行き直通特急を見送り、珍しく特急に入っていた9002Fに乗っていたら早速後輩と遭遇して、そのまま三宮駅からJR三ノ宮の中央口まで出たところで目に入ってきたのはなんとも奇妙な集団。これは…w
全員集まったところでその奇妙な集団が大挙して三宮から神戸高速で新開地に大移動し、さらにそこから神鉄


新開地駅駅名標
阪急・阪神・山陽が使ってるホームの駅名標阪神タイプのやつに交換されたんですが神鉄ホームの駅名標は昭和の香り満点のものがまだそのまま残ってました。


神鉄1108F@新開地
ここからは神鉄のレトロな3両編成に乗って粟生を目指します。


いつ乗ってもなかなかにとてつもない路線。神戸市街にある地下駅からわずか10分ほど走ったところで秘境駅として有名な旧菊水山駅があったり50‰の急坂がデフォだったり、なんかいろいろとぶっ飛んでます。
鈴蘭台からは分かれて粟生線に入り、のどかな雰囲気の中をトコトコ走って新開地から1時間強で終点粟生に到着。実は三木〜粟生の区間は初めて乗ったんですがこれで神鉄もようやく完乗です。


で、粟生からは北条鉄道大回り乗車で粟生自体を通ったことはあるものの北条鉄道なんてものに乗るのは初めて。


北条鉄道フラワ2000-3@粟生
…え!?これってもしかして三木鉄道で走ってた車両…!!
しかも調べてみるとこのフラワ2000-3という車両はもともとミキ300-104の車番で三木鉄道にいたそうで、2008年1月6日三木鉄道に乗りに行った時に乗車したまさにあの車両。まさかこんなところで再会するとは思ってもみなかった…!


というわけでその思い出の車両に乗って北条町まで。三木鉄道時代と同じぐらい、もしかしたらそれ以上に元気に走ってました。


北条鉄道フラワ2000-3&フラワ2000-1@北条町
そして北条町に到着。『西遊号』のヘッドマークは公募で選ばれたものだそうです。


北条鉄道フラワ2000-1+フラワ2000-2入換中@北条町
そのあとすぐに車両は一旦引き上げ、隣の車庫にいたフラワ2000-2と連結して戻ってきました。


北条鉄道フラワ2000-1+フラワ2000-2入換中@北条町(その2)
駅員が手動でポイントを切り替え、手旗で出発の合図を出す…今ではあまり見られなくなった光景。


で、この紫色のフラワ2000-2は団臨対応のオールロングシート。そこにテーブルをセットして宴会仕様にした状態で、そこにみんなで乗り込んでいざ出発。北条鉄道内には一切交換設備が無いので定期列車にくっついて往復するかたちなのです。


駅ナカ英会話
長駅に貼られていた『エキナカ英会話』。こ、これは現代的ですね…w


そして始まった送別会。まずは豪華な仕出し弁当が出されて、それを食べつつ一段落したところでちょっとした出し物があったり、歴代の部長や現正副顧問がマメオ師(仮称)にまつわる思い出などを順に語ったり。


北条鉄道全車両@北条町
気がついたらもう一往復して北条町に帰ってきてしまいました。ここで全員一旦下車。
しかし送別会はまだ終わりません。車両の入換をして、隣の留置線に2時間車両を留置してもらえることになっているのでこれからまだまだ続きます。
ちなみにここでマメオ師(仮称)がなんと灘校鉄道研究部の名で枕木のオーナーに。ぜひこのネームプレートを見るためにまた来なければ。


北条町駅にて
粟生行きの列車が出発して、それが往復して帰ってくるまでしばらく列車は来ないので中の人のご厚意で列車の前でみんなで記念撮影。こんなに堂々と本線上に立ち入らせてもらえるなんてこのご時世そうそうありません。こういうのってローカル鉄道ならではの良さだよなぁ…。


北条鉄道フラワ2000-2団体幕留置中@北条町
この留置中の車両で送別会が再開。OBが花束を贈呈し、そしてマメオ師(仮称)がまた独特の語り口で面白おかしく感動的に話を聞かせてくれて、特に今までの鉄研旅行での数々のエピソードは興味深かった。自分たちが経験した大雨や台風ももちろんのこと、生徒が切符を無くした時に機転を利かせてピンチを脱した話とか、竜ヶ水駅での水害があった時に間一髪で鹿児島を脱出して帰ってきた話とか、自分が生まれる前から鉄研の顧問をやってきた長いキャリアの間には本当にいろんなことがあったんだとか。ただ、鉄研の顧問として日本中を旅行できた意味というのは、自分たちが鉄研にいたおかげで日本中を見て回れたのと同じくやはり大きかったようです。
現副顧問の挨拶で、現役生は私たちに任せて、先生は昔一緒に旅行に行ったOBたちとまた旅行に行ってはどうですかという話があったけれども…いいですね。リバイバル鉄研旅行。もし機会があればぜひ…いや機会を作ってぜひやりたいものです。


北条町駅発着風景
そしてあれから粟生まで2往復してきた車両が帰ってきて、送別会はとうとうこれで終わり。
数十年前に親戚の家に行く時に使っていた北条鉄道でこうした会を開けたことにマメオ師(仮称)もたいそう喜んでくれて、こちらとしても本当にこの送別会を開いた甲斐がありました。今まで本当にお疲れさまでした&ありがとうございました。




加古川線103系「滝の音、電車の音」@粟生
ちなみに帰りも来たルートをそのままなぞって帰還。途中粟生で「滝の音、電車の音」という名前の加古川線のペイント車両に遭遇。目の電車ほどの気持ち悪さはないけど…面白いですね。


神鉄2010F&加古川線103系@粟生
神鉄の車両とJRの車両が並ぶのはここだけ。まぁ一応三田でも接続はしてるけど並びの画は撮れないし。


そこから神鉄で1時間以上かけて新開地へ戻り、三宮でOBを中心とした二次会。2時間飲み放題食べ放題で3000円というのはなんとも文化的でよろしいですね。やっぱり関西って安い。いやまぁ東京が高いだけなんだけど。
さらになぜか東遊園地まで歩いていって、そのあとさらに三次会で三宮のジャンカラに1時間ほど行って、懐かしい鉄研のノリを楽しんできました。
今日は送別会というメイン以外にも北医に合格して凱旋してきた同級生にも海外留学から帰ってきたしばっち氏(仮称)にも久しぶりに会えたし、実に充実した一日でした。